中国の秘境、九寨溝を目指す自転車旅~6日目~

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今日は写真が極端に少ない。なぜなら前日の疲れを癒す休憩日としてあまり外を歩かないことにしたから。

ホテルの朝食が一人20元もするのにマントウときゅうりとたまごと。。

バイキングと呼ぶにはあまりに寂しかった。

昨日の過酷なサバイバルによってG君の自転車はパンク、Y君の自転車はペダルが曲がってしまったため二人は自転車屋に向かう。

 

その間僕は中国語の勉強と情報収集を兼ねてホテルのフロントのお姉さんと話すことにした。

前日の都江堰のホテルは設備は良かったもののフロントの態度がひどく何を聞いてもまともに答えてくれなかったけれど、ここのフロントの人は皆とても親切で特に僕が一番話してもらった人は2時間ほど話に付き合ってもらったにもかかわらず最後まで笑顔で対応してくれた。

ウェンチョアンに泊まるときは?薙川国際酒店がお勧めです。っていってもこんなところに泊まる日本人なんてなかなかいないか(笑) ホテルの人に日本人だと伝えるととても驚かれた。

でもこの日一番お世話になったお姉さんの写真を撮り損ねたのはこの日最大のミス。なんだかこういうの多くてすんません。

写真はその方にもらったアバ州の観光地図。これを見てるといろんなところに寄り道したくなる。往復するだけ一日つぶれてしまうけど。

まず最初に確認したことはこの先の道路状況だ。昨日の惨状が今後も繰り返されるのか聞いてみる。この先の道はずっときれいだと教えてくれた。

お姉さんによると昨日走った道は竜門山系に属しており、ここからの道は岷山山系に属する。地震で被害を受けたのは主に前者で後者はほとんど影響がなかったようだ。これを聞いて一安心。

続いて事前に調べて行ってみたいと思っていた桃坪羌寨についても聞いてみた。ここはチャン族の人々が伝統的な住居に住んでいる場所で観光客が泊まれる場所もいくつもある。元々6日目はここに泊まろうかと話していたけれど片道15kmほどあり、前日が予想外にハードで皆疲れ果てていたのでどうするか悩んでいた。しかしそれもここで解決。翌日の目的地茂県から1kmのところにほとんど同じ観光地、白石羌寨が去年出来たらしい。ナイスタイミング!ということでこの場所に明日行けば大丈夫。白石は羌族にとって民族のシンボルだということも教えてもらう。

そのあとこの町で行くべき場所はどこかと聞くと、博物館で大地震と羌族について学べるということ。この町で僕が学びたかったことが二つともこの博物館で学べる!

最後に2日後に走る予定の行程が田舎過ぎて外国人が泊まれる宿の目処が立っていなかったのでそのあたりの情報をフロントにいた3人の人に聞いてみた。

Aさん「外国人が泊まる宿。。。 う~ん どうかしらね 絶対とはいえないけど多分あると思うわ あっちに行ってから交渉してみなさい」

Bさん「そんなこと言っちゃダメよ。外国人は決まった宿にしか泊まれないんだからそんなの危ないわ」

Cさん「ああそのあたりは最近どんどん開放されてきてるからきっとあるはずよ」

 

微妙。。。勝率3分の2 感触としては「多分。。大丈夫」という感じだった。

とにかく聞きたかったことは全部ここで聞くことができて筆談も交えつつ2時間ほどそれなりに内容のある話を出来て中国語の自信もついて大満足だった。あのお姉さんには本当に多謝!

博物館の中で。

博物館は1階と2階の半分が地震の被害とそこからの復興について説明する部分。地震は中華人民共和国設立以来最大の自然災害と称されるものだったようだ。崖崩れや家屋の倒壊は本当にすさまじかった。しかし、そこから全国民が一致団結して復興に励んできた。実際、九寨溝に至る陸路は震災から一年で通れるようになっていたし、前日に通った道も思っていたほどは荒れていなかったし。たぶんさらに奥地へと進むとまだ全然立ち直れていない地域もあるのだろうけどそれでもこの4年間での復興のスピードはものすごいものだったと思う。

2階の残りの部分と3階は羌族の紹介。

彼らは戦いを好まず刺繍を得意とする。特に花をあしらった刺繍は彼らの十八番らしい。

なぜ白石が彼らのモニュメントなのかの解説もあった。記憶があいまいなので誤りもあるかもしれませんが。

むかしむかし、羌族は魔族と?族の二つの民族の侵略を受けた。魔族との戦いでは白石でつくった剣で劣勢をひっくり返し、?族との戦いでは祈りををささげると3つの白石が3つの巨大な山へと変わり敵の行く手をふさいだ。それから彼らは白石をあがめるようになったとさ。

また、このとき活躍した禹の物語も伝説として語り継がれている。彼を奉る場所も汶川に至る途中にあった。

羌族の伝統らしく、みんなで一つの飲み物(白酒?)を飲むらしい。

博物館を出ると羌族と思われる人々がたくさん衣装を着てお祭りのような活気があった。彼らはどこに向かっていったのか。せっかくだから後を追っていけばよかった。

写真ではちょっとわかりづらいが、いつもの集会というノリで踊ってるグループがいたので、せっかくなので混ぜてもらうことにした。みんなニコニコして受け入れてくれた。雨がぱらついていたものの、地域の方と一体感を感じられてとても満足。今日はこれにて終了。今日は羌族の文化についていくらか学ぶことができた。明日はさらに伝統建築が残るエリアに突入する。日本人で訪れる人はめったにいないだろうが、せっかくなので貴重な文化を楽しみたい。

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